東京高等裁判所 平成4年(行ケ)93号 判決 1993年2月17日
原告
ザグッドイヤータイヤーアンドラバーコンパニー
代表者
ジョンエムロス
訴訟代理人弁理士
浅村皓
同
小池恒明
同
岩井秀生
被告
特許庁長官
麻生渡
指定代理人
広石辰男
同
長澤正夫
主文
特許庁が、昭和六一年審判第七九七八号事件について、平成三年一一月二八日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた判決
一原告
主文同旨
二被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者間に争いのない事実
一特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五八年一二月二一日、「WRANGLER」の欧文字を横書きしてなる別紙(1)の商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を第12類「航空機用タイヤ、自動車用タイヤ、自転車用タイヤ、その他本類に属する商品」として商標登録出願をした(商願昭五八―一一九七八六号)が、昭和六〇年一二月二四日に拒絶査定を受けたので、昭和六一年四月二四日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、これを同年審判第七九七八号事件として審理したうえ、平成三年一一月二八日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成四年一月一三日原告に送達された。
二審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、「LANGLEY」の欧文字を横書きしてなる別紙(2)の登録第一五〇三二七八号商標(指定商品第12類「輸送機械器具、その部品及び附属品(他の類に属するものを除く)」、昭和五三年六月二〇日登録出願、昭和五七年二月二六日設定登録。以下「引用商標」という。)を引用し、本願商標は、引用商標と称呼において類似する商標であり、かつ、その指定商品は引用商標の指定商品と同一と認められるから、商標法四条一項一一号に該当し、商標登録を受けることができない、と判断した。
第三原告主張の審決取消事由
引用商標に関する審決の認定は認めるが、審決は、本願商標と引用商標との類否判断を誤り(取消事由1)、また、両商標の指定商品の同一性についての判断を誤り(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
一取消事由1(本願商標と引用商標との類否判断の誤り)
(一) 本願商標と引用商標とは、称呼において類似するとはいえない。
① 本願商標と引用商標の各称呼は、「ラ」、「ン」、「グ」の三音を共通にし、語尾において長音を伴う「ラー」と「レー」の音の差異を有するにすぎないことは、審決の述べるとおりである。
審決は、「該差異音は、五〇音中いずれも同行音であって子音「r」を共通にする近似した音であり、かつ、語尾に位置する音は比較的弱く発音されがちなもの」であることを唯一の理由として、「全体の語韻、語調が近似したものとなり、彼此聴き誤るおそれがある」と認定しているが、誤りである。
すなわち、本願商標も引用商標も四音からなる極めて短い音の商標であり、このような短音からなる用語においては、一般に、その語尾に位置する音によって他と区別されるのが通常である。例えば、「ライセンサー」と「ライセンシー」、「アサイナー」と「アサイニー」等に見られるように、同行音であって子音を共通にする極めて近似した音を語尾に有する用語同士であっても、それが短い用語であるときは、それぞれの語尾の差異により明確に区別されている。まして、同行音とはいえ「サ」と「シ」や「ナ」と「ニ」ほどには近接していない「ラ」と「レ」という音をそれぞれの語尾に有する本願商標と引用商標とが、聴き誤られることはない。
特に、本願商標の称呼は「ラ」で始まり「ラ」で終わるため「ラ」「ラ」という音が聴く者の記憶に残るのに対し、引用商標の称呼においては「ラ」に始まり「レ」に終わってそのようなことはないため、両者の全体の語韻、語調は異なったものとなる。審決は、このことに対して何の考慮も払っていない。
以上のとおり、本願商標と引用商標の各称呼は、その語尾音のみによって明確に区別されるのである。
② 本願商標は、既に昭和五四年から今日に至るまで我が国において使用されてきており、原告の四輪駆動用タイヤを示すものとして我が国内において周知著名な商標となっている。
すなわち、昭和六一年(一九八六年)一二月から平成四年(一九九二年)半ばまでの間に、原告の関連会社である日本グッドイヤー社が原告から輸入した数量を輸入インボイスを基に明らかにすると、輸入数量は二三万五五九四本(金額九四億二三七六円)となり、これに、いすゞ自動車株式会社が四輪駆動車「ミュー」に装着するため日本グッドイヤー社を通すことなく原告から直接輸入した数量を加えると、約二三万六〇〇〇本となる。
昭和六一年一二月より前の輸入量は、輸入インボイスが廃棄されているため、具体的に明らかにすることができないが、昭和六二年の総本数が二三一三本であるから、昭和六一年、六〇年ころからは千本単位、それ以前は数百本の推移で来ていると容易に推測できる。
このように、本願商標は、遅くとも昭和五七年(一九八二年)ころには、原告の四輪駆動用タイヤを示すものとして我が国内において周知著名な商標となっていたから、これが引用商標と混同されるおそれはない。
また、仮に、昭和五七年(一九八二年)ころに周知著名となっていたとするには裏付けが足りないとしても、周知性は本訴口頭弁論終結時に備わっていればよいと考えるべきであり、この点については、十分な裏付けがある。
本願商標が引用商標と混同されるおそれがないことは、現に、本願商標が上記のとおり長い間にわたって使用されてきているにもかかわらず、引用商標の商標権者である日産自動車株式会社から苦情が出されたことは全くなく、また、販売業者にせよ、さらに一般需要者にせよ、両商標を誤認したという例は皆無であることからも、裏付けられている。
(二) 本願商標と引用商標とは、観念において異なる。
本願商標の「WRANGLER」は「cow boy(カウボーイ)」の意味であるのに対し、引用商標の「LANGLEY」は造語である。そこから、本願商標については、「道なき道をも行く頑強なタイヤ」というイメージが生じうるものであり、現に販売業者及び一般需要者の間でこのイメージが固定しているのに対し、造語である引用商標については何らの観念も生じない。
(三) 本願商標と引用商標とは、頭文字がそれぞれ「W」と「L」であり、外観においても明確に相違している。
二取消事由2(指定商品の同一性に関しての判断の誤り)
本願商標は、タイヤについて、しかも、四輪駆動車用タイヤに限定して使用されているのに対し、引用商標は、普通の乗用車についてのみ使用されていたもので、しかも、現在ではこれを用いた自動車の販売は中止されている。
元来、自動車会社がタイヤを製造したり、タイヤ会社が自動車を製造したりすることは、それぞれの企業設備の規模などから見てありえない。
また、一般需要者も、これらの製品がいずれも高価であることからすれば、タイヤを購入するつもりが自動車を購入してしまったり、自動車を購入するつもりがタイヤを購入してしまったりなどするとは思えない。
このように見てくると、本願商標が使用されている商品である「タイヤ」と引用商標が使用されている商品である「輸送用器具」とは、同一でもなければ類似もしていないということができる。
したがって、仮に本願商標と引用商標とが商標自体としては類似していると見られるとしても、両商標の登録の併存は認められるべきである。
第四被告の反論
審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
一取消事由1について
(一)① 一般に、語音と語音とが似ているか否かは、母音の異同及び母音間の距離、子音の調整位置及び発声方法等の要素を組み合わせて考えるべきである(<書証番号略>)。
これを本願商標と引用商標の各称呼について見ると、両者で相違する「ラー」と「レー」のうち、「ラ」と「レ」の音は、有声子音「r」を共通にし、それぞれの母音「a」と「e」も母音三角形において隣接した音であるから、調音方法、調音位置を同じくする近似した音であり(<書証番号略>)、それに続く長音も、それぞれの母音を一拍分引き伸ばしたにすぎないものであるから、「ラー」と「レー」の音は近似した音ということができる。
そして、本願商標や引用商標の称呼のように、第二番目に「ン」を含み、語尾が長音で終わり、語尾の長音を入れて五音からなる称呼においては、一般には、例えば「エントリー」、「タンブラー」、「ランドリー」のように、語頭音が高く、以下の音は平板に低く発音されているところであるから(<書証番号略>)、本件の両称呼においても、語頭の「ラ」にアクセントが掛かり、強く発音されるのに対し、それ以下の音は平板に比較的弱く発音され、語尾の音は印象の弱い音として発音され聴取されるものである。
以上のとおり、「ラングラー」と「ラングレー」の両称呼は、称呼の識別上重要な要素であり、印象の強い語頭音を含む「ラング」の三音までを同じくし、印象の弱い語尾において、近似した音である「ラー」と「レー」の差異を有するにすぎないものであるから、「両称呼をそれぞれ一連に称呼するときは、全体の語韻、語調が近似したものとなり、彼此聴き誤るおそれがある」と認定、判断した審決に誤りはない。
原告は、明確に区別できる例として、「ライセンサー」と「ライセンシー」、「アサイナー」と「アサイニー」を挙げるが、これらは一般的用語であって、一般的用語にこのような例があるからといって、これを直ちに商標の類否の判断基準とすることはできない。
また、本願商標の称呼が「ラ」で始まり「ラ」で終わるからといって、「ラ」「ラ」という音が格別印象に残る音とはいえない。
② 原告は、審査及び審判の各手続においては、本願商標の著名性につき一切主張していなかった。にもかかわらず、原告は、本訴において、本願商標は昭和五七年当時既に周知著名となっていたと主張し、さらに、本訴口頭弁論終結時における周知性までも主張している。
しかし、本件は審決の取消しを求める訴訟であるから、審決の当否は審決時の主張に基づいて判断されるべきであり、審決時に主張していなかった事実、特に、審決後の事情を新たに主張して、審決の違法をいうことは、許されない。
この点はおくとしても、本願商標の周知性、特に昭和五七年当時の周知性は認められないし、仮に原告主張のタイヤについての著名性が認められるとしても、これを根拠に第12類に属する全商品につき登録を受けることはできない。
原告主張の両商標を誤認したという例は皆無であるとの事実が仮にそのとおりであったとしても、本願商標の登録が認められるべきであるということにはならない。なぜなら、他人の登録商標と類似する商標は、過去において現実に誤認混同を生じているか否かにかかわらず、誤認混同を生じるおそれがあるものであり、このようなおそれがあるか否かが登録を認めるか否かの基準となるのであり、また、商標権者から苦情がないとの点に限っていえば、商標制度は商標権者の保護と併せて、需要者の保護をも目的とするものであるため、他人の登録商標と類似する商標の登録は、登録商標の権利者から不服がないからといって、許されないものだからである。
(二) 英和辞典等によれば、確かに「WRANGLER」の項には、「cow boy」の記載があることは認められるが、「WRANGLER」の語は、これに接する取引者、需要者が「cow boy」(カウボーイ)の意味を直ちに想起するほど日常一般に親しまれている語とはいえず、むしろ、そこから何らの意味をも読み取ることのできない一種の造語と理解される状態にある語である。したがって、本願商標は、引用商標との類否の判断に影響を及ぼすほどの観念を有するとはいえない。
(三) 本願商標と引用商標の各外観の間に、両商標の類否の判断に影響を及ぼすような相違はない。
二同2について
引用商標が現実には商品「普通自動車」に用いられてきており、本願商標が現実には限定された商品「四輪駆動車用タイヤ」に使用されているとしても、普通自動車も四輪駆動車も自動車の範疇に属することに変わりはなく、さらに、タイヤと自動車は部品と完成品という密接な関係にあり、自動車にとってタイヤは欠くべからざる部品であって、結局、両者は、その用途、需要者等を共通にするものであるから、類似の商品と認定することができる。
第五証拠<省略>
第六当裁判所の判断
一取消事由1について検討する。
(一) 商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、しかもその取引の実情を明らかにしうる限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである(最高裁昭和三九年(行ツ)第一一〇号昭和四三年二月二七日第三小法廷判決・民集二二巻二号三九九頁参照、なお、侵害訴訟につき、最高裁平成三年(オ)第一八〇五号平成四年九月二二日第三小法廷判決参照)。
また、今日のように情報媒体が多様化し、国内的国際的情報量が飛躍的に増大した社会において、人々は多量の情報を識別認識することに慣れ、個々の情報間の差異に敏感に反応する習性が培われていることは当裁判所に顕著な事実である。
このことからすると、商標の類否の判断において、商標の外観、観念、称呼の各要素は、あくまでも、総合的全体的な考察の一要素にすぎず、たまたま一要素が近似するからといって、他の要素との関連を無視して直ちに商標そのものが類似するとの判断に至ることは許されず、常に、情報社会といわれる今日の社会情勢に即した総合的全体的な考察を心掛けなければならないことはいうまでもない。
(二) この見地に立って本願商標と引用商標とを比較すると、本願商標が、別紙(1)のとおり欧文字「WRAN-GLER」を横書きしてなり、引用商標が、別紙(2)のとおり欧文字「LANG-LEY」を横書きしてなるものであることは、当事者間に争いがなく、両者は、その外観において、一見直ちにその差異が明らかである程度に、相違しているということができる。すなわち、文字数は八と七で一つしか違わないが、見る者の注意を最も強く引く語頭部が、一方は「WR」であるのに対し他方は「L」であり、語頭部に次いで強く注意を引くと思われる語尾部が、一字だけで見れば、一方は「R」であるのに対し他方は「Y」であり、二字で見れば、一方は「ER」であるのに対し他方は「EY」であって、両者に共通なのは、中間部の四文字だけであり、この四文字に特に強く注意を向けさせるものを認めることもできない。
このように、本願商標と引用商標とは、外観においては大いに異なり、我が国における欧文字の普及度に照らせば、この外観に接した取引者、需要者が、両者を誤認混同する可能性は極めて小さいということができる。
(三) 次に、観念の相違について見ると、「WRANGLER」が「cow boy」(カウボーイ)の意味を有する英語であること、及び、「LANGLEY」が造語であって特定の意味を持たない語であることについては、当事者間に争いがない。
しかし、「WRANGLER」の語は、これに接する取引者、需要者が「cow boy」(カウボーイ)の意味を直ちに想起するほど日常一般に親しまれている語とは認められないから、本願商標は、引用商標との類否の判断に影響を及ぼすほどの観念を有するとはいえない。
(四) そこで、称呼について見ると、本願商標から「ラングラー」の称呼が生じ、引用商標から「ラングレー」の称呼が生じることは、当事者間に争いがない。この両称呼を比較すると、両者は、ともに、語尾の長音部を入れて五音からなる構成であり、長音部を含む語尾音「ラー」と「レー」においてのみ異なり、それ以外の三音を同じくし、「ラー」と「レー」のうち、「ラ」と「レ」の音は、日本語の発音においては、有声子音「r」を共通にし、それぞれの母音「a」と「e」も母音三角形において隣接した音であって、調音方法、調音位置を同じくする近似した音であることが認められ(<書証番号略>)、それに続いて「ラー」と「レー」を構成する長音も、それぞれの母音を一拍分引き伸ばしたにすぎないものであるから、「ラー」と「レー」の音は近似した音ということができる。また、本願商標や引用商標の称呼のように、第二番目に「ン」を含み、語尾が長音で終わり、語尾の長音を入れて五音からなる称呼においては、一般には、例えば「エントリー」、「タンブラー」、「ランドリー」のように、語頭音が高く、以下の音は平板に低く発音されているところであり(<書証番号略>)、これらのことからすると、本願商標と引用商標の両者をそれぞれ一連に呼称するときは、全体の発音が相当に近似するものと認められる。
しかし、そうであるとしても、そのために両商標の称呼が類似し誤認混同を生じさせるものと直ちにいうことはできない。
すなわち、本願商標の指定商品が第12類「航空機用タイヤ、自動車用タイヤ、自転車用タイヤ、その他本類に属する商品」であり、引用商標のそれが第12類「輸送機械器具、その部品及び附属品(他の類に属するものを除く)」であって、これらの商品は、食料品や日用品雑貨のように一般需要者が日常ひんぱんに購入する商品とは異なり、相当に商品選択性の強い部類に属し、したがって、これを取り扱う業者においても、また、需要者においても、商品の出所の異同についての関心が比較的高く、ひいては、商品の出所を表示する商標の異同についても相当の注意を払うものと認められること、本願商標と引用商標の構成文字は前示のとおり大きく相違するから、その構成文字から呼称を知得した者等構成文字と称呼との関連性を知る者は、両者の称呼の差異を十分に認識するであろうこと、そうでない者を含め、一般に、「ラングラー」あるいは「ラングレー」のように外国語あるいは外国語を思わせる称呼の場合、発音の違いに比較的強い注意を向け、その差異を聴き分けようとする傾向が見られることが経験則上認められること、両商標の称呼は長音部を含め五音のみからなる構成であり、この五音のうち語頭音と長音部を含む語尾音が「ラ」と「ラー」の同一音である本願商標の称呼は、これが「ラ」と「レー」となる引用商標の称呼とは、別異の印象を与え、これを聴き分けることはそれほど困難ではないということに照らせば、本願商標の称呼である「ラングラー」と引用商標の称呼である「ラングレー」とは、両者をそれぞれ一連に称呼するときは、全体の発音が相当に近似するとはいえ、この称呼の近似性は、その故に他の要素のいかんにかかわらず総合的全体的に考察して両商標を類似するものとしなければならない程度には、まだ達していないというべきである。
二以上によれば、称呼の類似性にのみ基づいて、他の要素との関連性について検討することなく、直ちに本願商標と引用商標は類似するとした審決の類否判断は誤っているといわなければならず、この誤りはその結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は違法として取消しを免れない。
よって、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官牧野利秋 裁判官山下和明 裁判官三代川俊一郎)
別紙審決<省略>
別紙